大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)1424号 判決 1987年1月30日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

秋山昭八

近藤登

被告

株式会社相模原ゴルフクラブ

右代表者代表取締役

血脇芳雄

右訴訟代理人弁護士

秋吉一男

中村輝雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が、相模原ゴルフクラブの正会員として、被告所有のゴルフ施設を利用する契約上の権利を有することを確認する。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、ゴルフ場の経営及びこれに附帯する一切の事業を営むことを目的とする株式会社である。

2  訴外相模原ゴルフクラブ(以下「訴外クラブ」という。)は、被告の株主を会員とする株主会員制のゴルフクラブであり、被告が所有するゴルフ場及びその施設を運営するために設けられ、ゴルフを通じて会員相互の親睦をはかり共通の利便を増進することを目的とするものである。

3  訴外クラブの会員には、正会員と平日会員があり、正会員は被告に対して、ゴルフ場の休日を除き、開場時間中ゴルフ場の施設を利用する権利を有し、平日会員は日曜祭日を除きクラブが定めた平日においてのみゴルフ場の施設を利用する権利を有する。

4  訴外クラブは、被告から、訴外クラブの会員の入会及び退会に関する事務を委任されており、訴外クラブにはその事務を処理する機関として理事会が設けられている。

5  原則として、被告の株主であつて理事会の承認を得た者が、訴外クラブの会員となる。

6  原告は、実父の通称を用いて乙川太郎の名義で被告の株主となり、理事会の承認を得て、昭和四二年六月一七日、訴外クラブの正会員として入会した。

7  訴外クラブは、理事会の決議により、昭和六〇年五月一九日、原告を訴外クラブから除名した。

8  しかし、右被告の除名処分は、何ら理由のないものであり、無効である。

9  よつて、原告は、被告に対し、原告が相模原ゴルフクラブの正会員として、被告所有のゴルフ施設を利用する契約上の権利を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし7の事実は認め、同8は争う。

三  被告の主張

1  訴外クラブの会員資格は、除名により、喪失する。

2  訴外クラブは、被告から会員の除名に関する事務を委任され、除名の審議決定は理事会がこれを行う。

3  理事会は、会員が訴外クラブの会則に違反し、或いは訴外クラブの秩序を乱し、訴外クラブの名誉を毀損する等会員として好ましからざる行為をしたときは、その決議によつて、戒告、会員資格の停止または除名をすることができる。

4  原告は、訴外東洋観光株式会社の法人税法、所得税法違反の脱税被告事件の被告人として、昭和五九年一月二七日、東京地方裁判所で懲役一年六月の実刑判決の言渡しを受け、昭和六〇年四月三日、上告を棄却されて右実刑判決が確定したものの、刑の執行を免れるため逃亡し、所在不明となつた。

5  訴外クラブ内においては、乙川太郎が原告を指称するものであることは知れ渡つており、原告が脱税により実刑の確定判決を受け、その刑の執行を免れるため逃亡したことは著しく反社会的であつて、訴外クラブの存立の精神に反するとともに威信と名誉を毀損するものであり、同クラブの会員の行為として好ましからざるものであるから、除名事由に該当するので、理事会は、昭和六〇年五月一九日、原告を訴外クラブから除名する旨の決議をした。

四  被告の主張に対する認否

1  被告主張1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

但し、当該行為がゴルフ場内で訴外クラブに関して行われた場合に限るものである。

4  同4の事実中、原告が実刑判決確定後、刑の執行を免れるため逃亡し所在不明となつた事実は、はじめ認めたが、それは真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し、否認する。原告が家を出たのは、不仲の妻との同居生活を回避するためである。その余の事実は認める。

5  同5の事実中、理事会が原告を除名する決議をした事実は不知。その余は争う。

五  被告の主張

原告の自白の撤回には異議がある。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1ないし6の事実は当事者間に争いがない。

すなわち、被告株主である入会申込者と被告は、申込者が訴外クラブに理事会の承認を得て入会するのと同時に必然的に被告から被告の所有するゴルフ場施設を会員として利用する権利を付与されるという合意をなしているものである。

これによれば、原告は、昭和四二年六月一七日、訴外クラブ理事会の入会の承認を得て、訴外クラブの正会員になると同時に、被告のゴルフ場施設利用権を取得したことになる。

二訴外クラブが理事会の決議により、昭和六〇年五月一九日、原告を訴外クラブから除名した事実は当事者間に争いがない。

三原告は、右除名は理由がないものであるから無効であると主張するので、以下この点について検討する。

1  訴外クラブの会員資格は除名により喪失すること、被告は除名に関する事務を訴外クラブに委任し、理事会において除名の審議決定をすること、理事会は、会員が訴外クラブの会則に違反し、或いは訴外クラブの秩序を乱し、訴外クラブの名誉を毀損する等会員として好ましからざる行為をしたときは、理事会はその決議によつて、戒告、会員資格の停止または除名をすることができること、原告が訴外東洋観光株式会社の法人税法、所得税法違反の脱税被告事件の被告人として、昭和五九年一月二七日、東京地方裁判所で懲役一年六月の実刑判決の言渡しを受け、昭和六〇年四月三日、上告を棄却されて右実刑判決が確定したことは当事者間に争いがない。

2  右実刑判決確定後、原告が刑の執行を免れるため逃亡し行方不明になつていた事実は、原告は、はじめこれを認めたが、その後自白を撤回し、否認しているので、この自白の撤回の有効性について判断する。

<証拠>によれば、原告夫婦は、夫婦仲が悪く同居別居を繰り返していたこと、昭和六〇年二月二三日、そのころ別居していた妻が実家から原告宅に帰つてくることになつていたこと、その前日の同月二二日に原告が原告宅からいなくなつた事実が認められる。

以上の事実を総合すれば、原告が不仲の妻の帰宅と期を一にして家を出たことを認めうるが、それ以上に原告に懲役刑の執行を免れる目的がなかつたことまでは推認することはできない。

以上により、原告の当初の陳述が真実に反するものであつたことは認められず、原告の自白の撤回は認められない。

3  次に、原告が脱税により実刑判決を受け、その刑の執行を免れるため逃亡していたことが、訴外クラブの除名事由である会員の行為として好ましからざるものに該当するか否かについて判断する。

(一)  <証拠>によれば、訴外相模原ゴルフクラブ会則(以下「クラブ会則」という。)一八条は、懲戒について左記のとおり規定している。

一八条(懲戒)

会員は次の場合、別に定める手続に従い審議の上、理事会の決議により戒告、会員の資格を一定期間停止または除名されることがある。

1 年会費については当該会社会計年度開始日より6ケ月、またその他の支払いについては請求を受けた日より3ケ月以上支払いを怠つたとき。

2 本クラブの会則に違反し或いは本クラブの秩序を乱し、本クラブの名誉を毀損する等会員として(又は著しくエチケット、マナーに反する行為のあつたとき)好ましからざる行為があつたとき。

(二)  右規定文言上は、ゴルフ場の内外の行為の限定を伴わないところ、年会費の不払及び著しくエチケット、マナーに反する行為というのは、その性質上ゴルフ場内の行為であることは明らかである。

次に、<証拠>によれば、被告及び訴外クラブは会員相互間の親睦を目的とする閉鎖的な性格を持つ団体であることが認められ、これによれば、前記規定を設けた趣旨は、訴外クラブの会員として好ましくない行為をした者を懲戒することにより、会員相互で協調してクラブ内で行動し、クラブの一定の品位を保持していくことにあるものと解釈することができる。とすれば、一八条2項は会員として好ましからざる行為を例示的に列挙したものといわざるをえず、具体的な個々の行為において前記規定の趣旨に則り右規定に該当するか否かを判断していくのが相当である。行為によつては、訴外クラブが会員をもつて構成員とする以上、行為の社会的性格に対する評価が会員を通してそのままクラブ内へ持ち込まれ、ゴルフプレイのみならず会員相互の社交場としてのクラブ機能を円滑に果たせなくしたり、ひいては、ゴルフを通じて会員相互の親睦をはかり共通の利便を増進するというクラブの存立目的自体を阻害することも当然予測されうる。他方、訴外クラブのように名門と称される会員制ゴルフクラブの会員資格は、社会において価値ある地位の待遇を受けることから、クラブ自体もその評価を全うすることによつて会員の期待に答えるべく努めるため、クラブ内の融和には心をくだくことになる。更に、<証拠>によれば、訴外クラブの入会に際しては、入会希望者のゴルフプレイヤーとしての資質のみでなく、その者の全経歴等が審査対象であることが認められる。以上を総合すると、会員として好ましからざる行為とは、ゴルフ場の内外で行われたか否か、行為と訴外クラブとの間に関係があるか否かを問わず、訴外クラブの目的・性格を阻害するものであれば足りると解するのが相当であり、これを原告主張のようにゴルフ場内の、訴外クラブに関係ある行為のみに限定する理由は何ら存しないというべきである。

(三) そこで、原告に会員として好ましからざる行為があるか否かにつき考察する。

訴外クラブが除名事由として掲げる事実は、同クラブ内の行為でも、また、直接同クラブに関係ある行為でもないことは明らかである。

<証拠>によれば、本件除名処分前の新聞報道では、脱税の犯罪事実と被告人たる原告の本名(甲野太郎)、経営会社名のみが報道され、原告が訴外クラブの会員であるということは報道されなかつたこと、訴外クラブ内においては、乙川太郎と甲野太郎が同一人物であることは、少数の人間しか知らなかつた事実が認められる。しかしながら、<証拠>によれば、被告は、原告の脱税判決について昭和五九年三月と五月の新聞記事で知り、これをスクラップにして保存したので被告の社員は原告の脱税のことを知つていたし、まもなく訴外クラブの役員も知るようになつたこと、昭和六〇年二月末項、同月二六日付の原告の脱税事件を報道した新聞を同封して、原告を除名処分にすべしとする匿名の手紙が訴外クラブ理事長宛に届いたこと、その後、原告の処分に関する事項が同年三月一七日のフェローシップ委員会に付されたが、最高裁判所の判決が出るまで留保されたこと、実刑判決確定後の同年四月一四日のフェローシップ委員会では、出席委員七名の全員一致の意見によりクラブ会則一八条2項を適用して原告を除名すべしという結論に達し、理事会に上程することが決定したこと、同月二一日の理事会では、理事一五名全員の一致意見でクラブ会則一八条2項を適用して原告を除名すべきであるという結論に達したが、原告の自発的退会の手続の結果が出るまで最終的処分を留保することにしたこと、同年五月一九日の理事会では、原告に自発的退会の勧告をしたが拒絶されたこと及び東京高等検察庁より原告が刑の執行を免れるため逃亡しているということで行方を問合わせてきたことが報告され、理事会は、理事一五名全員一致の意見で、原告に対する実刑判決の確定と逃亡の事実は、反社会的行為でクラブの名誉・威信を毀損し、会員として好ましからざる行為であるから、クラブ会則一八条2項を適用して除名する旨の決議をしたこと(なお、右フェローシップ委員会とは、訴外クラブ会員の中から選任された委員によつて組織され、入会申込者の資格、懲罰等の審査等を担当する理事会の下部機関であり、理事会は、会員により選出され会員総会の認証をえた理事によつて組織され、会員の入退会、懲罰について審議決定する機関である。)等の事実が認められる。

以上の事実及び前記(二)で認定した事実を総合すれば、昭和六〇年二月二六日の新聞報道では原告の訴外クラブの会員名とは異なつた甲野姓で表記されていたが、経営する会社名も公表されており、従前訴外クラブ内で乙川太郎が原告であるということが周知されていなかつたとしても、原告と交際のある会員であれば予測しうる状態になつていたのであり、実際、会員か非会員かは不明であるが、右新聞記事が原告を指示するものであることを理解したうえで、訴外クラブに原告の除名を求める投書があつたことは、訴外クラブの内外において原告と訴外クラブを関連づけて考えることが可能であつたということができる。ところで、訴外クラブの名誉・威信とは、右クラブの帯有する価値への外部の評価・信用ということであるが、具体的には、訴外クラブの会員であることを自負し一定の質を保有している会員を揃え、内外ともに名門との評判を保持していくことであり、これを侵害するおそれのある会員を懲戒し、場合によつては排除するのは、訴外クラブが被告の株主を会員とするゴルフ愛好家の会員相互間の親睦と信頼関係を基礎にした閉鎖的な私的社交団体としての性格を有することからしてやむをえないものといわざるをえない。加えて、原告の脱税が総額二億四六〇〇万円と多額で極めて反社会性の強いものであつたことも併せ考量すると、原告に対する実刑判決の確定と原告の所在不明・逃亡とは、訴外クラブの名誉・威信を毀損した会員として好ましからざる行為であつて、懲戒されるべき行為に相当するということができる。

(四)  進んで、原告の行為が懲戒事由である場合、どの懲戒処分を選択するかは本来訴外クラブの裁量に属する事項であるが、戒告や会員資格の一定期間の停止でなく、除名処分とするためにはより強い合理性が必要であると考えられるのでこの点につき判断するに、訴外クラブの私的閉鎖的社交団体性と会員の質的均一性、原告の行為の反社会性の強さを総合的に勘案したときは、訴外クラブが原告に対し除名処分を選択したことは合理性を欠くものということはできず、本件除名処分が裁量の範囲を越えた違法な処分と解することはできない。

四以上の次第であるから、原告は除名により訴外クラブ会員の資格を喪失したものであり、その結果、被告に対するゴルフ場施設利用権を失い、以後、原告は被告所有のゴルフ場を利用することができなくなつたものというべきである。

五結論

よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官関 洋子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例